犬の動脈管開存症(PDA)の2例

亀戸動物総合病院

草刈 雄登

はじめに

 動脈管開存症(PDAPatent Ductus Arteriosus)とは胎生期に存在する大動脈と肺動脈をつなぐ動脈管が出生後に消失せず残存する先天性疾患である。

 動脈管は通常であれば出生後すぐに閉鎖するはずだが、出生後も残存していると左心系に流れる血流量が増加し、左心系に負荷が生じる。無治療の場合、左心不全により肺水腫と呼ばれる危機的状況に進行する場合や、左心不全から右心不全へ進行しアイゼンメンジャー症候群と呼ばれる状態へ進行する場合がある。

 治療は臨床症状の有無に関係なく外科治療が第一選択であり、診断された場合には早期の手術が推奨される。

今回は若齢で外科手術を行った症例と、高齢で内科治療とした症例を一例ずつ経験したため報告する。

症例

 症例1:MIXTP xダックス) 10ヶ月 雌   2.6kg

  他院にてPDAと診断され精査のために本院を受診した。臨床症状はなく、一般状態は良好であった。

 症例2:チワワ 推定8歳 雌 2kg

  他院にて僧帽弁閉鎖不全症、三尖弁逆流症と診断され治療されていたが、精査のために本院を受診した。

  たまに食欲不振や下痢などの消化器症状が出るとのことだったが、咳や運動不耐などの臨床症状はなかった。

診断

 症例1

  身体検査:左側心基底部を最強点とするスリルを伴う連続性心雑音(Grade 5/6)が聴取され、大腿動脈では強い股圧が触知された。

  レントゲン検査:左室の重度の拡大が見られた。肺水腫を疑う所見はなかった。

  超音波検査:左心室の拡大、肺動脈内の血液の乱流、肺動脈につながる動脈管(径3.4mm)が描出された。短絡血流速は連続性で、最大 6.5m/s、最低 4m/sであった(下図)。

   以上の検査所見より動脈管開存症と診断した。

図 動脈管における短絡血流波形 特徴的な連続的血流が観察される

 症例2:身体検査にて左側心基底部を最強点とする連続性心雑音(Grade 4/6)、心尖部からも収縮期性雑音(Grade 3/6)が聴取され、股圧は正常であった。

  超音波検査:僧帽弁の変性・逆流、三尖弁逆流、肺動脈内の血液の乱流、動脈管様の構造物が認められた。

   動脈管における短絡血流速は最大5.2m/s最低 3.6m/sであり、左心房・左心室の拡大が認められた。

 以上より動脈管開存症、僧帽弁閉鎖不全症(Stage B2)、三尖弁逆流症と診断した。

 

治療

 症例1:飼い主様の同意が得られたため外科手術を行った。

手術日まではピモベンダン、アラセプリルを処方し、当日まで臨床症状に変化はなかったが、超音波検査上での動脈管の短絡血流速はわずかに低下していた。

 手術前に鎮痛として傍脊椎ブロック(T3-5)を行い、動脈ラインによる観血的血圧測定で正確な血圧を常にモニタリングできる状態で手術を行った。

図 傍脊椎ブロックの様子

開胸は左側第4肋間アプローチで行い、動脈管を露出させ直接法にて臍帯テープ、エチロンブレードで結紮を行った。術中は出血や明らかな疼痛反応もなく麻酔は安定していた。最後に胸腔内ドレーンを設置し、閉胸した。覚醒は非常にスムーズで、術後鎮痛にフェンタニルを使用し痛みを最小限にするよう努めた。

 術後内服は中止し、術後の心エコーでも肺動脈内の血液の乱流は見られず現在も経過良好である。

 

左図:手術前の超音波検査

(白矢印 血液の乱流を指す)

 

 

右図:手術後の超音波検査

(血液の乱流の消失)

 

 

 症例2:オーナー様と相談し、① PDAが存在していても現在まで無症状であること、② 動脈管の径が非常に細く血行動態に及ぼす影響は小さいと予想されること、③ 僧帽弁閉鎖不全症による麻酔リスクがあることなどの理由から、外科手術は行わず内服で管理していくことになった。

 投薬:ピモベンダン、アラセプリル

 内服開始から一ヶ月経過しているが、現在も症状はなく元気に過ごしている。

考察

 動脈管開存症(PDA)は手術により根治できる数少ない循環器疾患の一つであり、今回の症例1に関しては術前では左心室が重度に拡大しており、内服でのコントロールが必要であったが、術後には内服も完全に不要になり、今後は良好な予後が期待される。また、麻酔専門獣医師による神経ブロック鎮痛、観血式血圧測定を実施できたことで術中は大きな血圧の変動などなく、安心・安全な麻酔で手術をすることができた。

 症例2に関しては主に現在無症状であることから手術をしないという選択をすることになった。PDAの犬では手術を実施しないと大半が若齢のうちに亡くなってしまうとの報告があるが、このように無症状で生存している症例も存在する。動脈管が細く、短絡血流が少ないので血行動態に及ぼす影響も少ないためだと考えられたため、手術は実施せずに内服で経過観察することになった。

 以上のようにPDAの症例に関しては術前の検査による詳細な病態把握が重要であり、それに応じた治療が求められる。また、手術を行う際にはできるだけ早期の実施と病態把握が重要だと感じた。

 咳・疲れやすい・呼吸が早いなどの症状があったり、心雑音が不安な方は早めにご相談ください。