腹腔鏡下で肝生検と卵巣子宮摘出術を行った犬の1例

亀戸動物総合病院 水本 貴士

 

はじめに

腹腔鏡下手術は開放手術に比べて、切開創が小さく、術後の疼痛も少ない低侵襲の治療として人医学領域では広く行われている。近年獣医学領域でも同様の利点から、腹腔鏡下手術の実施は広がりを見せている。今回当院において、腹腔鏡下での肝生検と卵巣子宮摘出術を実施した犬の一例を報告する。

 

症例

犬、2歳齢、雑種(チワワ×ミニチュアダックスフント)、雌、体重3.1㎏

 

経過

避妊手術を希望して来院した。術前の検査で肝酵素値の上昇(ALT=127U/L、AST=83U/L)を認め、肝臓超音波検査で胆泥の貯留を認めた。肝疾患に起因すると思われる臨床症状は認められなかった。
避妊手術は延期とし、ウルソデオキシコール酸内服や肝臓処方食による治療を行い経過観察を行っていたが、第55病日に更に肝酵素の上昇(ALT=628U/L、AST=56U/L、GGT=12U/L)を認めた。
同時に行った胸腹部X線検査では異常は認められなかった。肝超音波検査では明らかな異常は認められなかった。また、胆汁酸刺激試験を行い、食前・食後とも血清総胆汁酸値の高値を認めた。(食前:30.5μmol/L、食後:50.0μmol/L)この結果から、先天性門脈系異常などが疑われた。飼主と相談の結果、大学病院を紹介受診し、門脈低形成の可能性が高いとの診断を得た。その結果から、ウルソデオキシコール酸の内服を続け、経過観察を行っていくこととなった。第104病日に飼主の希望から、腹腔鏡下での肝生検と子宮卵巣摘出術を実施した。

 

手術方法

全身麻酔後、気腹針にて気腹を行った。その後第1トロッカーを臍直下、第2トロッカーを腹部正中、剣状突起と臍のおよそ中央の位置に設置した。(図1)第1トロッカーに腹腔鏡を挿入し、第2トロッカーから生検用鉗子を挿入し、肝全体の観察を行った後、方形葉、内側右葉、内側左葉から採材を行った。(図2)肝臓の生検部位の止血を確認した後、第3トロッカーを腹部正中、臍と恥骨前縁の中央やや尾側の位置の設置し、3ポート法にて子宮卵巣摘出術を行った。腹腔内で卵巣提索、卵巣動静脈、子宮広間膜を超音波凝固切開装置で処理した後(図3)、 第3ポートを抜去した切開創から子宮卵巣を体外へ引き出して子宮頸部において、子宮動静脈を処理し、切断した。その後子宮断端を腹腔内に戻し、腹腔鏡下で止血を確認後、創を縫合、閉鎖した。

腫瘤部の割面

 

結果

全身麻酔からの覚醒は速やかで、状態良好だったため、手術当日退院した。術後の経過は良好だった。肝臓の病理検査結果では門脈の低還流が認められ、門脈低形成の診断を裏付ける所見であった。
現在術後6カ月であるが、定期的な肝臓の検診を行いつつ、順調に経過している。

 

考察

今回、小型犬の腹腔鏡下での肝生検と卵巣子宮摘出術において、術後の経過も良好で手術当日の退院が可能であった。肝生検と卵巣子宮摘出術を開腹下で実施する場合は通常、剣状突起から恥骨前縁近位まで切開することが必要かと思われるが、腹腔鏡下で実施した今回は約5㎜の創が3か所であり、比較的小さな切開創であった。本症例のような小型犬では避妊手術単独でなく、共に各臓器の生検を同時に行う場合には特に開放手術に比較して、低侵襲な手術を行うことが可能だった。