外傷性股関節脱臼を内側アプローチにより整復を行った犬の1例

亀戸動物総合病院 住田 篤則

 

はじめに

外傷性股関節脱臼の整復には大別して非観血的方法と観血的方法があるが、非観血的方法では約半数が再脱臼したという報告がある。また、観血的方法には経寛骨臼ピンニング法、トグルピン法、大腿骨頭切除術等、種々の方法があるが特殊な器具を必要としたり、術式が複雑であったり、術後歩行まで時間がかかるなどの問題もある。今回、犬の外傷性股関節脱臼の症例に対し特殊な器具を必要とせず、比較的簡便な術式にて整復を行う方法を考案し、良好な経過が得られたので報告する。

 

症例プロフィール

症例は犬(ポメラニアン)、雄(去勢済み)、4歳齢、体重4.5kg

オーナー帰宅時に左後肢挙上を呈していた。外傷性股関節脱臼と診断し、非観血的整復テーピング固定を行ったが、7日後にテーピングがずれ、再び左後肢を挙上するようになり再脱臼が認められた。

 

犬(ポメラニアン) 外傷性股関節脱臼

 

診断

左側外傷性股関節脱臼

 

治療

脱臼を繰り返しているため、観血的整復を行った。術式は、麻酔下にて股関節脱臼を整復し、その後仰臥位に固定、切皮を行った。恥骨筋の起始部を中心にして、恥骨の恥骨櫛直上から大腿骨の約1/4付近まで恥骨筋の直上を切開する。皮下組織を皮膚切開の線に合わせて開き、頭側尾側に牽引する。恥骨筋の頭側を走る大腿動静脈に注意しながら恥骨筋を分離し恥骨筋の起始部近くで恥骨筋を切断する。恥骨筋の下には深部大腿血管が腸腰筋の表面を走っているのでこれらの血管は残す。腸腰筋を頭側にて外転筋を尾側に牽引し股関節の腹面を露出する。
大腿骨を動かすと関節包が識別できるので切開して大腿骨頭を露出する。
また、鈍性はく離にて 恥骨の左側部位も露出させる。
露出した骨頭の骨頸部に非吸収糸(0 ETHIBOND)を回し骨頸部の腹側でいったん結紮する。縫合糸の一端を深部大腿血管の背側を通したのち閉鎖神経に注意しながら閉鎖孔から挿入し恥骨の背側を通して恥骨前縁から取り出す。深部大腿血管の背側を通した他端の縫合糸と結紮する。この際大腿骨を垂直に立てた状態で保持し縫合糸が緊張した状態で結紮する。
再脱臼しないことを確認後、関節包を縫合し常法にて創を閉鎖する。
翌日退院、ケージレストを指示した。

股関節脱臼を整復

 

考察

術後2ヶ月現在、再脱臼は起っておらず、経過も順調である。通常再脱臼は大腿骨が外側上方前方に変位することでおこるが、今回の術式はその変位を非吸収糸による内側下方への牽引にて阻止することができるため力学的に理に適っていると思われる。また、特殊な器具を用いることなく、比較的簡便な術式で低侵襲にて整復を行うことができ、術後の管理も容易で、短時間で歩行が可能であるなどのメリットがあり、股関節脱臼の治療法として有効であると考えられた。