バベシア症に罹患した犬の1例
亀戸動物総合病院 古谷 麻奈実
はじめに
バベシア症とは、マダニによって媒介される赤血球内寄生原虫によっておこる疾患である。現在、日本国内では西日本を中心として発生しているが、伴侶動物として犬の全国的な移動が盛んになっているため、東日本での発生も認められている。日本で主に問題となっているのはBabesia gibsoniであり、罹患すると溶血性貧血、脾腫、発熱、血小板減少等が起こるとされている。
症例
犬、6歳齢、Mix(ポメラニアン×柴犬)、体重12.6kg 体温38.6℃ 4日前から食欲不振、倦怠感および活動性の低下を主訴に来院
臨床検査所見
第一病日
CBC
結果 | 正常値 | |
WBC | 5900 / μL↓ | 6000~17000 |
RBC | 3620000 / μL↓ | 5500000~8500000 |
Hgb | 8.2 g/dl↓ | 12~18 |
Hct | 25%↓ | 40~55 |
MCV | 69.6 μm³ ↓ | 66~77 |
MCHC | 32.4 g/dl↓ | 32~36 |
PLT | 16000 / μL↓ | 175000~400000 |
生化学検査
結果 | 正常値 | |
TP | 4.9 g/dl | 5.0~7.2 |
ALB | 2.2 g/dl | 2.6~4.0 |
CA | 7.3 mg/dl | 9.3~12.1 |
CRP | 7.8 mg/dl | < 1 |
Na | 138 | 141~152 |
K | 2.9 | 3.8~5.0 |
Cl | 101 | 102~117 |
血液凝固系検査
PT | 9.0sec |
APTT | 25.4sec |
FIB | 545 mg/dl |
フィラリア
陰性 |
尿検査
Glu | 100 mg/dl |
ビリルビン | 1+ |
ケトン | - |
比重 | > 1.030 |
PH | 6.5 |
蛋白 | ± |
白血球 | - |
赤血球 | - |
治療および経過
第一病日の問診で、ノミ・ダニの予防歴がないこと、一ヶ月ほど前に3週間徳島に帰省していたとのことからバベシア症を疑い、三剤併用療法(メトロニダゾール、クリンダマイシン、ドキシサイクリン)を開始した。さらに院内の血液検査に加え、外注検査にてクームス試験、PCRベクター媒介疾患パネルを依頼した。 第3病日には体温は40℃まで上昇し、貧血もさらに進行していた。プレドニゾロンの投与を行い、食欲および活動性の改善がやや認められたが、血液検査所見に変化は見られなかった。その後クームス試験陽性、バベシア(Babesi gibsoni)陽性の結果を得たため、ジミナゼンアセチュレート(ガナゼック)の投与を行った。初回は1mg/kgを1日おきに3回投与し、一時は回復したものの、2週間で溶血性貧血の再発が認められた。再発時には中用量(2.5mg/kg)を1日おきに投与したのち貧血が改善し、再々発は認められていない。再発時におけるジミナゼン投与後に食欲不振、肝酵素の上昇が認められたが、1ヶ月間のウルソおよびリバフィットの投薬により正常範囲内に回復した。
考察
バベシア症の確定診断には血液塗抹上における虫体の確認とPCR法が最も有用とされているが、この症例では血液塗抹上における虫体の観察は困難であった。また、これまでに推奨されている抗生物質の三剤併用療法は本症例のような急性期の個体では効果が見られなかった。ジミナゼンの投与は、その体内蓄積性と重大な副作用の発現が懸念されるが、今回の症例では急性に起こる副作用は認められなかった。しかし投薬後の肝酵素の上昇は、それまでに認められていないことから、副作用の1つではないかと考えられた。以上のことからジミナゼンの投与は中用量以上で行い、初回投与時の急性に発生する副作用の観察だけではなく、数週間後に発現する副作用においても注意が必要であることがわかった。本症例は現在寛解状態であり、自宅にて経過観察を行っている。しかしこのような個体からさらに感染を広げないために、罹患犬においては通年でのダニの予防をさせなければならない。 また、バベシア症は東日本でも罹患する可能性は十分にあり、西日本では日常的に認められる疾患であるため、予防の必要性を強く飼い主に説明する必要性があると考える。