消化器型リンパ腫の猫の1例
亀戸動物総合病院 草刈雄登
はじめに
リンパ腫とは血液のがんの一種で、白血球の中のリンパ球が腫瘍化する病気である。猫での発生率はとても多く、体の中の様々な部位で発生し、その発生した部位により多様な症状を呈する。その中でも消化器型リンパ腫は最も多い病型であり、消化器および付属するリンパ節を原発とするものを指す。慢性的な嘔吐や下痢などの症状からこの疾患が判明することも多い。今回は、慢性嘔吐を主訴に来院した猫を消化器型リンパ腫と診断し、化学療法にて治療した結果、良好な反応を得られたのでその概要を報告する。
症例
猫、MIX、16歳、避妊雌、体重 2.55kg
慢性嘔吐、食欲不振で他院を受診しており、対症療法を実施するも改善しないため当院に紹介来院した。
ここ数年ほど毎日のように1日に1回から複数回嘔吐しており、現在はいつもの半分ほどしか食欲がない。
検査
身体検査:上腹部に硬結感のある腫瘤が触知された
血液検査:中等度の非再生性貧血、FIV/FeLV陰性
超音波検査:胃幽門部に五層構造が消失した腫瘤状の病変あり(写真1) 十二指腸にコルゲートサインあり、膵臓は低エコーであり、周囲は高エコー像として観察された リンパ節の明らかな腫脹は観察されなかった
針吸引検査(FNA):胃幽門部腫瘤よりFNAを行ったところ、大型のリンパ球が多数採取された。(写真2)
クローナリティー検査:IgH・IgL遺伝子のクローン性再構成を認める
【写真2:多数のリンパ球が観察される】
診断
消化器型リンパ腫(Bcell / High grade)、膵炎
治療
まずは入院下での集中的な膵炎の治療を開始し、全身状態が安定したところで、以下の治療プランを提示した。
1 外科手術+化学療法(抗がん剤)
2 化学療法単独
リンパ腫が胃の広範囲にわたっているため、外科手術では胃の大部分を切除せざるを得ないことや、明らかな消化管穿孔所見がないこと、現在の栄養状態での麻酔リスクなどを総合的に評価し、化学療法(抗がん剤)を行うことになった。
化学療法開始後には病変は縮小し、4週間後には完全に消失していた。(写真3)途中でビンクリスチン投与後にグレードⅠの好中球減少症が確認されたが、本人の一般状態は良好であったため無治療で経過観察とした。開始から6ヶ月後にプロトコルを終了し、現在は診断から1年が経過しているが、再発は認められず一般状態は良好である。
【左:写真1(化学療法開始前)、右:写真3(化学療法開始4週間後)】
まとめ
猫の消化器型リンパ腫の予後(病気の見通し)に関しては報告が少ないだけではなく、それらの報告では詳細な解剖学的な位置(胃、十二指腸、小腸、大腸など)の分類や、悪性度(Low-Grade/High grade、T cell/B cell type)での分類を行っていないため、詳細な化学療法への反応率や生存期間などについては不明な部分が多いとされている。
今回はリンパ腫の診断後に、併発疾患である膵炎の治療を行うことで全身状態を安定化させた上で化学療法を行った。化学療法の開始直後には腫瘍崩壊症候群などの副反応が比較的発現しやすいため、今回のように全身状態を安定させた上で化学療法に移行する事が重要だと考えられる。