急性心原性肺水腫の犬の一例
亀戸動物総合病院 大平 憲二
はじめに
重度の急性心原性肺水腫は治療を行わなければ致死的であり、緊急治療を要する病態である。今回、重度の呼吸困難、意識不明瞭な状態で来院した症例に対し、緊急治療を行い救命した一例を経験したので報告する。
症例
ミニチュア・ダックス・フンド、避妊雌、14歳齢。既往として根尖膿瘍等の歯科疾患があるのみでこれまで心雑音や心疾患を指摘されたことはない。自宅にて急激に呼吸状態が悪化したため本院受診。
各種検査
一般身体検査にて、努力性呼吸、両肺後葉からの捻髪音、Levin3/6の心雑音が聴取され意識は不明瞭な状態であった。また、血様泡沫の喀出も認められた。酸素化したのち、胸部X線検査を実施し左右肺中葉から後葉にかけて不透過性亢進像が得られた。また、胸骨心臓サイズは9.0v、心胸比は61%と著明な心拡大は確認されなかった。心エコー図検査にて僧帽弁領域での中程度の逆流、左房の拡大がみられた。以上より、急性の心原性肺水腫と診断し緊急治療を開始した。
本症例では、Forrester分類Ⅳ群に分類されると判断し利尿薬に加え強心剤、昇圧剤を静脈ルートより投薬した。投薬開始後、尿産生が確認され、血圧の維持が確保されたため、後負荷除去、腎血流量上昇を目的にヒトANP製剤を追加した。治療開始から5時間後には呼吸状態は安定し、翌日には肺野の不透過性が消失した。肺水腫発生から二日後には肺野の透過性上昇、循環動態も安定したため退院とした。
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来院時 -
退院時
考察
本症例では心疾患の既往はなかったが、心エコー図検査にて切れた腱索が確認され、腱索断裂により急性に僧帽弁領域での逆流が発生、うっ血性心不全を呈し、心原性の肺水腫を引き起こしたと考えられた。腱索とは乳頭筋と弁をつなぐ繊維状の構造物で、弁の正常な動きに寄与している。この腱索が断裂すると、心臓内での血行動態が大幅に変わり、急性に心不全を引き起こす。今回は僧帽弁での腱索断裂であったため、急激に左心系でのうっ血が進行し肺水腫を引き起こしたと考えられる。急性の心原性肺水腫の場合、死亡する可能性が非常に高いが、本症例では初期行動、初期治療が迅速であったことが救命につながったと考えられる。